大久保賢一@畿央大学のブログです。特別支援教育、応用行動分析学(ABA)、日々のつぶやき等。
カイパパさんのブログからの引用(実は引用の引用ですが)

(カイパパさん、「初の」トラックバックをしているつもりなのですが、初めてなので自信がありません・・・うまくいっていなかったらすいませんm(_ _)m)


とりあえず動画をご覧ください。

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最後に出てきた養護学校の先生曰く
「人生には誰にでも等しくチャンスがあるのよ!恥を知りなさい!」

私も含め、何人のうちの学生たち、卒業生たちがこの台詞を吐けるだろうか・・・??
(まあ、日本では「ストレートに言う」以外の方法の方が、より受け入れられるかもしれませんが)


教員養成大学に勤める私が目指したいのは、「こんな教師を育てること」と・・・
「『“こんなことが言える子ども”を育てられる教師』を養成すること」なのです。

最近、授業などでも「障害理解教育」に関わる研究論文や実践報告を読んだりしますが、実は「子どもたちに“障害”を理解させる」ということについて、「スッキリ納得した」という経験がほとんどありませんでした。

「それが本当に“障害理解”なの?」と冷めた目で批判的に読んでしまうのです。
(特に、「障害があるから仕方ないんだよ」というニュアンスが出ているもの)

ただ、自分の中にも答えはありませんでした。

この動画をみて1つ思ったこと。

重要なことは「怒り」を感じることではないでしょうか?
(カイパパさんも、私と全く同じ気持ちをコメントに書かれておられました)

障害のある方が(もちろん障害がなくても)、理不尽な扱いを受けている場面を目の当たりにして、それに対して怒りを感じることができるかどうか。


教育によって、「“当然のように”怒ることができる子ども」に育てないといけません。


これが「障害理解」の第一歩のような気がするのです。





【2011/08/25 19:24】 | 未分類
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カイパパ
Tracbackありがとうございます(ちゃんと受信できています!)

そのとおりだと思います。

理不尽さを見過ごすのではなく、心の底から「こんなのはおかしい!」という怒りを覚える人間。

私の友人が、法人がグループホームをつくろうとしたときに地域住民の反対にあって、その時に伝えたそうです。

「あなたがおっしゃっていることは、住む権利を奪う差別です」と。

彼が言うには、
「お気持はわかりますが」ではないんだ、と。
方便でも「気持ちがわかる」なんて言ったら、本人たちに申し訳ない、って。

私は、その話を聴いて、泣きました。


Re: タイトルなし
大久保 賢一
カイパパさん
大久保です。

コメントありがとうございました。
初トラックバック、成功して良かったです!

確かに「理不尽さに対する怒り」とともに・・・

その状況で当事者になっている人に対する「申し訳なさ」を感じられるかどうかも重要なことですね。
多くの人は(私も含めて)、自分をごまかして「申し訳なさ」から目を逸らすのだと思います.

「気持ちはわかる」が方便になってはいけませんね。


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コメント
この記事へのコメント
Tracbackありがとうございます(ちゃんと受信できています!)

そのとおりだと思います。

理不尽さを見過ごすのではなく、心の底から「こんなのはおかしい!」という怒りを覚える人間。

私の友人が、法人がグループホームをつくろうとしたときに地域住民の反対にあって、その時に伝えたそうです。

「あなたがおっしゃっていることは、住む権利を奪う差別です」と。

彼が言うには、
「お気持はわかりますが」ではないんだ、と。
方便でも「気持ちがわかる」なんて言ったら、本人たちに申し訳ない、って。

私は、その話を聴いて、泣きました。
2011/08/25(Thu) 23:38 | URL  | カイパパ #X.Av9vec[ 編集]
Re: タイトルなし
カイパパさん
大久保です。

コメントありがとうございました。
初トラックバック、成功して良かったです!

確かに「理不尽さに対する怒り」とともに・・・

その状況で当事者になっている人に対する「申し訳なさ」を感じられるかどうかも重要なことですね。
多くの人は(私も含めて)、自分をごまかして「申し訳なさ」から目を逸らすのだと思います.

「気持ちはわかる」が方便になってはいけませんね。
2011/08/26(Fri) 17:45 | URL  | 大久保 賢一 #-[ 編集]
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