大久保賢一@畿央大学のブログです。特別支援教育、応用行動分析学(ABA)、日々のつぶやき等。
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先日、2月14日に第30回「障がい者制度改革推進会議」が行われました。

以下、2月24日の北海道新聞から記事の一部を引用。
(少々長いですが・・・)


「障害者の意見 反映されず」

 基本法の改正は、国連で採択された障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備などが目的。

当事者の視点から見直そうと、障害者とその家族が委員の過半数を占める「推進会議」が内閣府に設置され、昨年から検討を進めてきた。

 素案は、推進会議が昨年末にまとめた意見の提言を基に内閣府が関係省庁と調整して作成。障害者を「基本的人権を享受する個人として尊重される」との理念を前提に、法案の目的として「障害の有無により分け隔てられることなく共生できる社会の実現」を掲げた。

 その上で、障害者が「可能な限りどこで誰と生活するかについての選択の機会を確保する」こと、「障害がある子どもが可能な限り身近な場所で支援を受けることができる施策を講じる」など、施設などから地域での生活への移行の促進も新たに盛り込んだ。

 これに対し、素案が示された14日の推進会議で、複数の委員が「『可能な限り』との表現では地域で暮らす権利が確認されていない」などと反発。意見書に盛り込まれた「障害のある子とない子が同じ場で学ぶことを原則としたインクルーシブな教育制度の構築」については、「障害者権利条約の理念でもあるのに素案に記述がないのはおかしい」などの意見が相次ぎ、内閣府担当企画官は「調整中の段階」と答えるにとどめた。(引用終わり)


日本の「特別支援教育」は、システムとして原則的には「分離教育」です。

ここ最近の推進会議の議論に目を通せば、「日本もインクルーシブ教育へ移行するのかなあ?」と漠然と感じていた方も多かったのではないかと思いますが、ここに来て当事者側と行政側が意見の隔たりが明確化されてきた感じです。

私個人的には、インクルージョンの理念は素晴らしいものであると思っています。
(というか、その理念が「当たり前」にならなければならないと思う)

しかし私は、我が国の学校教育の歴史的経緯やそこから続く文脈を十分に考慮しない拙速なインクルーシブ教育の導入には、懐疑的というか慎重な考えを持っています。
なぜなら、十分な準備と配慮をせずに、「単に場を同じするだけ」では、肝心の子どもたち自身の学びが損なわれてしまう・・・つまり通常学級の中へダンピングされてしまうという危機に晒されるからです。


かといって、今の私に折衷案以外に具体的な対案があるわけではないので、もう少しこのテーマについて研究したいと思います。

(繰り返しになりますが、私はインクルージョンやインクルーシブ教育に反対しているわけではありません。「こうあるべきだ」という理念だけではなく、具体的な戦略や成果の検証も必要だといいたいわけです)


こちらから推進会議の情報を得ることができます(会議の動画もあります)→クリック

 
 


【2011/02/24 21:54】 | 教育問題
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